駆け出しコンサル、寝ながら殖やす

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どんな企業でも最初はブラック企業だが、積み上げた資産を食うことでホワイト企業になる

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先日某ベンチャー企業が苛烈なパワハラなどにより訴訟を起こされたようです。真実は裁判を通じて明かされるでしょうから、今は企業が悪いとは言えません。しかしブラック企業によって、社員が命を絶つようなニュースを見ると、心が痛むのは私だけではないでしょう。人事コンサルとして、そういう企業には加担したくないという思いが強いです。なぜブラック企業は無くならないのでしょうか。

 

 

企業はブラック企業として誕生する

弱きものが生き残る術

ユニコーンなどと呼ばれている一部のベンチャー企業が、時価総額ベースでは大企業を僅か数年で追い抜くことが珍しくなくなりました。華々しい面があるベンチャー企業ですが、そのほとんどが数年のうちに倒産し、生き残るだけでも奇跡、といえる面もまた事実です。基本的にベンチャー企業にはリソースが無く、どんなに素晴らしいアイデアを持ってしても圧倒的に不利な状況で大企業と戦わざるを得ません。その戦力差を埋めるため、死ぬほど働くのは対抗手段として捨てられない選択肢となるでしょう。もちろん現代においては、起業時よりワークライフバランスを重視した経営で成功する会社もあり、全てが全てそうだとは限りませんが、ほとんどの企業はブラック企業として誕生すると思っています。それこそ弱きものが生き残る術でもあるです。今最も成功している起業家の一人であるイーロン・マスクも「週100時間働く」のだそうですから。

未来に可能性を感じたいサラリーマン

ホワイト企業でもエグゼクティブはブラック

日本と欧米での雇用環境、雇用慣行の違いは大きいものがありますが、世界のスタンダードとして、エグゼクティブについては異常に働くのが一般的だと思います。アメリカだろうが中国だろうがフランスだろうが一緒でしょう。ハーバードとか超一流大学出の超エリートが死ぬほど働いている中、凡人が敵う訳ないのです。学歴どうこうではなく、それだけの能力がある人間が異常に働いてもなお、勝った負けたをしている世界があるということです。どんなホワイト企業でも経営者はブラックでしょう。雇用形態が違うので、一般社員と比べるのもどうかと思いますが、そういう世界ではあると思います。

横並びの残酷さ

日本の大企業では大なり小なり横並びの人事制度や運用が残っているでしょう。これがまた残酷な制度の一面がある。30代、一番脂の乗っている時期まで横並びで、将来の出世が不可能だと宣告されるのが40代です。日本の転職市場では35歳限界説(ただし現在は一部職種、階層では40,50代のマーケットも成長しています)などもありますが、その時期を過ぎて初めて宣告されるのです。もう転職なんてできませんよ、って感じじゃないですか。専門的な業務でもしてれば別でしょうが、専門性が高くない場合は結構頭痛の種になるのではないかと推察されます。大企業であればグループ会社をたくさんもってますので、晴れて出向、転籍でどこかの企業で定年を迎えます。メガバンクが一番良い例かと思います。銀行本体で定年を迎えるって勝ち残った人だけ・・・ですよね。一流大学の学生を毎年数百人採用し、その内残るのは一握り。残りは全部出向、転籍。人手が足りない現代社会で、こんな贅沢な(そして無駄な)人材採用ができるのは羨ましい限りです。

自分より楽をして稼ぐ後輩を許せるか

自分が若い時はこうだった論

ブラック企業をホワイトにするには、自分の後輩が過去の自分より、楽して多く稼いでいる状況を許容できなくてはいけません。自分は週100時間働いて月1,000万売上を上げていた。でも後輩は週40時間で月2,000万売っている。これを許容できるかです。

会社が成長すれば、資産が出来ます。無名だった社名にはブランドと知名度が付き、商品の競争力も高まっているでしょう。ある意味、昔より簡単に売れて当然なのです。もちろん目標は高くなるでしょう。でもそこで、昔の俺は週100時間働いていたのに、とか、これしか働かないでこんな給与貰えるって幸せだな、とか皮肉を言っては駄目です。ブラックじゃない?その感じ。必死こいて会社を大きくした結果、苦労していた頃の事を引っ張り出して後輩にどうこう言うのは見苦しいです。あなたの苦労なんか知りませんよ、私は今の持ち場で頑張っています、それだけです。

自分の苦労を否定できるか

ブラック企業の言動を見てると、自分自身を否定できない経営者と上司なのではないかと思います。自分はこれだけやっていた、とか自分の中の基準からしか今を測れない、そんな頭の固さを感じるのです。楽して稼ぐ部下へのやっかみです。真面目にマネジメントと向き合うべきです。部下相手に皮肉や妬みを言っている場合ではありません。

過去の成功体験は価値観です。そしてその価値観の押し付けにより軋轢が起き、問題が発生します。

私たちは「人材」ではなく、「一人の人」である

部下は人材ではないということです。一人の人間であり、会社の下僕ではありません。そして私たちは会社のために命を捨てる必要はありません。

私たちの代わりは日本中にいます。現に私たちが辞めれば、数日後に別の人が代わりに採用されるでしょう。それが係長でも課長でも部長でも、そして社長でも。

しかし家族にとって私たちは代替が不可能な存在でしょう。何年経っても代わりの人は補充できません。

働くことに無気力なれとか言っている訳ではありません。身を粉にして働くつもりです。ただ最後の最後は、会社も私たちも、互いを選びはしないでしょう、ということです。心のどこかにそうとどめておけば、何かの役には立つのかもしれないから。

 

人の心を失っている経営者と上司により苦しむ人がいなくなることを望みます。ただし、甘えにならないよう、誠心誠意働く事だけは続けて行きましょう。