私の投資履歴書~インデックスを添えて~

モノクロさん家(チ)の運用記

全世界への長期投資で地味かつ着実に資産が形成される(予定)

急速に失う含み益と増えない資産を見ながら黄昏る

株式市場は引き続き厳しく、決算シーズンも始まり今後どうなっていくか分かりませんね。資産が増えずらくなってしばらく経ちますが、急速に失う含み益とピタッと増えなくなった資産額を見ながら一杯飲んだりしています。

 

急速に失う含み益と増えない資産

追加投資しているので、含み益”額”と”率”で厳密には異なってきますが、ポートフォリオ全体の含み益率は2021年10月をピークとして、足元1/3程度まで減ってしまいました。しかもこの含み益には円安効果があるため、レートを当時から固定して見ればもはや含み益はないのかもしれません。

毎月それなりの額を追加投資しており、預金であれば資産は増え続けて当然なはずが、入れたもの以上には増えず、むしろ入れた金額より増えないということも珍しくない期間が続いています。

shiawase-investor.hateblo.jp

 

自分を褒めてはあげたい

資産額の推移などで過去からのグラフを眺めながら思う事はたくさんありますね。含み益が吹っ飛んでしまった今、資産額そのものが入金の歴史だと言い換えることが出来るような状況です。

我が家では妻もまったく投資に関心ないため、投資とは元来孤独な活動ではありますが、こと自分で情報を集め、自分で判断し、自分でやってきたそのものの歴史でもあります。(インフルエンサーに従って投資したことも自分の判断に当然含まれます。)

資産額=入金の今、シンプルに頑張ったね、と自分を褒めたい気持ちが湧いてきます。

最近は入金に当てたお金をその都度使っていたらどういう生活ができていただろうと思う時がありまして、それなりの金額でもあるために色々買えたものも、できたであろう体験もあるなとしんみりすることもあります。別に後悔しているわけではないのですが、別の人生という感じで思いを馳せています。

それでも、転職を契機に年収アップを武器にして投資に邁進してきた自分に、お疲れ様と言いたいし、これまで下してきた多くの失敗も含む判断を何ら恨んではいません。

全ては学びになって、今の投資活動の変化に繋がっていると思えているからです。

 

10年後を想像する時

今は、インデックスは無思考の定期積立、手間をかけることは米国個別株に、と割り切って進めています。そのそれぞれが10年後にどうなっているかと考えると、純粋なワクワク感でもなく、不安感でもなく、本当に全く分からない不思議な感情が湧いてきます。

無思考で積み立て続けたインデックスは、これまでのように花開いてくれるのだろうか。

色々考えて投資した個別株は大きく飛躍してくれているのだろうか。

全く。本当に全く分かりません。(当然期待はしていますが。)

10年後の自分は結果を背景に自信をもって投資を語ることが出来ているのだろうか。そんなことを考えます。

 

未来を考えるほど大事な”今この時”

株式に投じたお金を使っていたら、という思考に繋がりますが、未来のために投資しているとはいえ、未来は今の先にあるものです。

今には今しかできないこと、今しかないものが当然あり、それらを蔑ろにした未来に明るい何かが待っているとは思えないようになってきました。すべてはバランスです。

投資しているお金は夫婦のためであり、子供のためのお金です。妻との楽しい未来のため、子供の明るい未来のためのお金なんです。

一方で、妻や子供といつまで一緒に居られるかはわかりませんし、子供も当然年齢を重ねていきます。今の妻や子供は今しか存在せず、未来の彼女、彼らは今のそれぞれを代替できる存在ではありません。

投資に対して何か後ろ向きなマインドになってきたわけでは全くなく、むしろこれからもっとちゃんと、しっかりやっていきたいと思っています。と同時に、もっと今を大事に生きていこう、であったり、お金の面では使うものは惜しみなく使ってしまおうとも思うようになりました。

長期投資をするために投資をしているわけではない。

配当をもらうために投資しているわけではない。

優待をもらうために投資している訳ではない。

幸せに生きて死んでいくための手段の一つとして資産の最大化を図っているに過ぎません。要は投資するために生きているわけではないという事です。

”今この時”を考えると、再度未来に向けて視点は移っていきます。以前より「収益を上げたい」と思うようになりました。本当に稼ぎたいと思っています。

明るい未来があると信じていくしかありません。今できる判断のベストと思えることをやろうと改めて思うのでした。

 

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