私の投資履歴書~インデックスを添えて~

モノクロさん家(チ)の運用記

全世界への長期投資で地味かつ着実に資産が形成される(予定)

「長期投資だから」に甘えず、「丁寧に」向き合って株式を買うこと

私もズブもズブの素人なので、個別株投資が素晴らしい投資にはなかなかなっていません。何とかポートフォリオ全体ではプラスなので、やらなければよかったというほどではないのですが、正直成長余地しか存在しないくらいには下手くそです。

 

「長期投資」なら何でも許されるのか

自分自身に対して感じることですが、「長期投資だから」の枕詞を付ければ、どんなに都合が悪いことでも正当化できるのではないかと感じることがあります。

目先大きな含み損を抱えても「長期投資だから大丈夫」、今買うべきか根拠はないけど「長期投資だから大丈夫」などなど。

とりあえず何か不都合なことがあれば、「長期投資だから」という理由付けだけすれば何とかGoサインが出るみたいな投資をしていないかと自問自答します。...答えはYesなのですが。

 

インデックス投資ならアリ

インデックス投資ならとりあえず良いのかもしれません。TOPIXみたいな指数の動きもあるので、当然万事OKではないのでしょうが、それでも長期目線で上がることに賭けている訳なので、多少の相場読みはしたとしても余程大きい変動がなければ早く買うに越したことはないというのも一理ある気はしています。

私自身もインデックスは相場を読まず自動積み立てで回していますので、そんなにこだわっていないですし、そもそも「長期投資だから」とスポットで買う買わないの判断はほぼしていません。

 

個別株ならナシ?

これは一つ論議があるようなテーマです。

こと米国株、それも大型株についてはどうせいつかは上がるのだから、という論調のインフルエンサーもいます。現に足元までの10年くらいはそうだったし、とりあえずバイ&ホールドしてれば大抵増えるという論理もあるんだろうと思います。

ただ個人的にはそこまで思考停止の積み立て論理で行けるのかは違和感を抱えていて、GE、東電、東芝、何でもいいですが個別株は価値の棄損があり、最悪0(紙屑)になります。

インデックスは0円にはならない、ことオルカンはそれが言えるように思います。どこかの歌ではないですが、世界が終わるまでは~という感じでオルカンが紙屑になる時は世界そのものが終わるか激変(株式の存在が別のものに代わる)時なので、個別株とは訳が違うように思います。(ただ損失を被ることは当然過ぎるほどにある)

個別株でも分散投資している、はあると思うものの、大型株を何十、何百銘柄も持つのであればもはやインデックスであり、時価総額加重平均の自動調整が働かない分不利ですらあるように思います。

とにかく、個別株をインデックス投資感覚で買っていく、特に定期積み立てのような概念で積み上げていくアプローチは何だか言葉にできない違和感を自分がやるとした場合に感じています。

 

丁寧に向き合う事

当たり前過ぎて批判を受けそうですが、最近保有株や新規Inしたい銘柄は値動きをちゃんと見るように少し意識しています。

単純に、もっと丁寧に保有株や欲しい銘柄に向き合おうという感じ。「丁寧に」というのがしっくりきます。

「長期投資だから」で済ますのではなく、新規Inする時も何回か分けて入る、金額規模はどのくらいで行く、とかちゃんと一回立ち止まって考える。入る価格も適当にエイヤ!ではなく、どのあたりの価格ならいいのか、一回立ち止まって考える。

保有株も同様で、適当にポチっていくのではなく、いくらなら入るのか、とか。

私の実力だと、具体的にいくらで入るか、その根拠は、とか高度なことよりも、「長期投資だから」で甘えないという意味で、ちゃんと一回立ち止まって銘柄と相談してみることが大事だと今は考えています。(死ぬほど考えても具体的スキルで目覚ましい価格が導けるとは微塵も思っていない。)

そういった意味では、非常に程度の低い話ですが、買いたいと思った日に買い付けボタンを結局押さなかった。こんな小さいことでも進歩なんだと思うようにしています。今までだったら買っていたわけですからね。

幸いにも、直近買ったものでいい経験ができ、少し前向きに取り組めている所です。

雑に付き合うのではなく、「丁寧に」お付き合いすること。

保有株や欲しいと思える銘柄に「丁寧に」接していくこと。なんかスマートで上品な感じがしませんでしょうか。意外と雑に扱っていたなと反省している最中です。

 

↓ポチっと応援よろしくお願いします↓

にほんブログ村 株ブログへにほんブログ村 株ブログ 米国株へにほんブログ村 株ブログ インデックス投資へ