人知れずしれっと長めの休暇を取っておりました。疑似FIREじゃないかと思ったので過ごしていましたが、理想とは程遠いのが現状です。
疑似FIREの感想
半分は病気
折角の疑似FIREも期間中の半分近くを風邪の療養に当てるというスタートでした。子供から貰ったのですが夫婦ともにひどく、子供経由の病気はなぜこんなにも強いのかと恨めしく思います。とりあえず体調が優れず何をやるにもやる気ないし、ということで何もせず過ごしていました。勿体ないと心底思ってしまったため、後半になるとイライラが募るどうしようもない大人になっていました。
支出がすごい
その後無事に回復し、残りの休みを活用しきってやろうと思ったのですが、家族イベントの計画を代表として支出が膨れ上がりました。ビジネスで一撃当てて大金のあるFIREなら成り立つでしょうが、楽しみを得るためにあれこれ支出していては一般人のFIREは不可能でしょう。
結局支出を伴う楽しみしかなく、この調子で年間通じて支出していては数年で破綻することはよく分かりました。
FIREしたらボケるのか
結論、ボケるかどうかは分かりませんが、FIREしたとてそれ自体では生きる意味を失う危険性は確かにあるという事はよく分かりました。私の場合は趣味もないし、この期間中は投資からも離れてしまったのでいよいよやることが無くなるという事態になり、一応はやりたかったことをやりはしたものの、支出が伴うために経済的に持続可能かは甚だ疑問であります。
FIREしたらどうこうという議論は既に色々あるのですが、やはり何事も向き不向きがあるもので、自分のやりたいことがしっかりないと正直仕事をしていた方が今日何しようかを考えなくていい分”楽”だと思ったりしました。タスクは勝手に降ってきますからね。
サラリーマン根性丸出しな感じしますが、実際自由を求めて檻の外に出ると、途端に何をしていいか分からない私のような人間も結構いるのではと思うのです。選択肢が多すぎると選べなくなるように、自我が弱いタイプの人には毎日今日は何しようかと考えるのは早晩苦痛になるに違いありません。(そもそも今日は何するかと考えてる時点で向いていない気がする。)
FIRE自体に良い悪いは無いのですが、少なくとも今仕事をやめてしまったら充足した日常生活にはならないことだけは良く分かりましたし、じゃあ充足させるためには何をするのかも体験してみてちゃんと考えてみようと思ったりしたので結果良かったと思います。
色々思う所はありましたが、何より子供と遊ぶのは”非常に激しい”もの(笑)であり、子育ては仕事以上に大変な大事なことだということはありありと感じたわけです。子供との時間は本当に大事。家族あっての私だとこれも再認識できました。
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