最近仕事が忙しく投資から離れていますが、改めて資産形成のスキルは何かと有用だと思う次第です。
何者かに頼らないという選択
私のような一般人にとって、資産形成のスキルとは収支を管理するという事であり、余剰資金を適切なものに投資することと要約されます。そしてより重要なのは前者の収支管理で、後者の投資部分は追加的なスキルであると思います。
まだ到底足りない資産額ながら、振り返ればここまで来ていたかといった感もあり、インデックス主体の私としては投資による資産額増よりも入金してきたことの要因が大きく、要は今までよく収支管理をしてきたなという点に思いが至るわけです。
年金を含む将来不安、年功序列の終身雇用崩壊などが叫ばれて久しいわけですが、この先国が、勤め先が自分の人生をどうにかしてくれるということを今以上に期待するのは得策ではないように思われます。言い古されていますが、実際改めて考えてみてもそうなのだと思います。
今の高齢者が医療費改革に反対するように、自分も年を取れば若い人にとっては既得権者となり、自分の利益保護を大優先に人生を全うしようとするでしょう。その時持たざる者であるならば、既得権の保護に対する熱量はもっともっと強くなると思います。
勿論、どこまで行っても誰かに支えられて生きていく訳であり、金があるからと言って誰にも頼らずに生きているんだと言えば実に横柄な勘違いです。それまた老害と言われるわけですが、国や社会に文句を言うしか方法が無いという状況に自分を追い込まないように、今から資産を作っておく活動をするのは人のためにもなるように思います。
収支管理をして、今を最大限楽しみながら、将来も楽に過ごせるようにしておこうという欲深い行動を資産形成のスキルは支えてくれるものです。
生き方をどうするかという選択
FIREできるほどの資産を得られるかは相場によりますが、広く言えば自分がどう生きていきたいかの選択をするという事でもあります。宵越しの銭を持たずに後悔なく生きるのも人生、今日を犠牲にしてでも未来の楽しみを増やして生きるのも人生です。
資産形成とは、何か別の場所に独立した存在としてあるのではなく、自分の人生という大きい枠組みの中に仕事や家族、趣味などと同じようにぽかんと浮いている一要素に過ぎません。そんな風に考えると、投資への向き合い方も少し変わるよな、なんて私は思い始めています。俺は何百万持ってる、私は何千万、おいらは億り人、なんてオークションみたいな競争とは無縁の発想になるわけです。
比較的窮屈な価値観の中で生きて来た私にとって、今後も取り組んでいく資産形成はその殻を最後破る契機となるかもしれません。階段を上っていくことしか生きる道はないと思っていたタイプですが、自分の人生って何だ?などと思うと急に他の道も見えてくるものです。
いずれにしても、有り余るほどの資産となるか、つつましく生きていくのに十分な程度かなど差はあれど、資産形成のスキルを持つことは大事なことと思います。その要諦は収支管理であり、余剰資金を生むこととそれを増やすことです。稼ぐお金は同じでも、それをどう使うかが人生の選択であるならば、自分の納得がいく、自分が幸せだと思うものにお金を使っていくのが良いのだろうと思うわけです。資産形成スキルの要諦は収支管理。これはどんな生き方をする上でも役に立つものかもしれません。
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