FIREしたい人の気持ちは分かりません。という意見を見ることが分かります。そしてその気持ちが分かりません。という人もいます。総じてどうでも良いことなのかもしれません。
FIREしたい人の気持ちは分かりません
時折投げかけられる意見です。FIREしたい意味が分からない。言い方は色々ですが、著名人からインフルエンサーと色々な人がそう言ったりします。
個人的には米国株の周辺だと多かったりするのかな?という印象もあります。(日本株投資をフォローしてないから、かもしれません)比較的仕事でも成功している人が多いからかな?なんて思います。実際所得が高そうな人がたくさんいらっしゃいます。海外勤務とかもね。
私自身どうだろうと考えます。最近はFIRE肯定派かもしれません。以前は否定というか「したい」とはあまり強く思っていませんでした。
FIREする時の金額に依る所は大きいかもしれません。1億円じゃ足りないよ、10億くらいないと安心できない、なんて声もあります。1兆円でFIREするとしたら?と聞けば意見も変わるかもしれません。総じてどうでも良いことではあります。
他の人のことは分からないので、自分自身を考えると、本当に仕事が楽しく、経済力にも跳ね返っていたような時期があり、その時はFIREに後ろ向きでした。仕事サボりたいだけやろ?と極端には思ったりするものです。しかし一変して楽しくないことが増えたり、経済的にもどうなの?なんて色々思ったりすると、金があるなら働きたくないよなー、なんて思ったりもするものです。要はその時々の仕事に対する向き合い方で高低にも否定にもなりえる程度のことなのかもしれないなと思うのです。
生き方である
結局、仕事が苦でなければやめる必要などありません。1日でも長く働ければ、将来のお金の不安も実際減っていきます。皮肉ではありますが、FIREの必要金額が増えるのは労働収入が減るからであり、生涯現役を前提とするなら必要資産額は極論0なのかもしれません。パラダイムシフトではないですが、生涯楽しんで仕事に打ち込めるのであれば、実は資産0でも経済的自由を手に入れているのかもしれないとも思えるのです。
生涯を投じられるほどの仕事に出会えたことはきっと恵まれています。勿論与えられるものではないので、そう思えるように頑張ってきたという人の方が多いかと思います。いずれにしても、FIREしたい人間の気持ちなんか分かるかー、と言えるくらいに仕事に前向きなのは一つの恵みなのかもしれません。
組織構造上、当たり前ですが立場が上の人ほど絶対数では減っていきます。下っ端の方が世の中多いわけで、経営幹部=仕事を愛している訳でもないでしょうが、その濃度というか割合というか、そういうモノは下に行くほど薄まるのかな、なんて思います。
要は、FIREしたい人の気持ちが分からない人の気持ちが分からない、という人の方が絶対数では多いのではないの?という事です。もっと言えば、仕事なんかしたくないし逃げちゃいたいと思っている人の方が多いんじゃないの?という事です。
FIREに限らずですが、結局の所これは「生き方」だと思うのです。山奥の一軒家で自給自足生活するのが好きな人もいて、一般的な生活をしている人から見れば何が良いのかよく分かりません。むしろ生きていけないわ、とすら思うでしょう。翻って、FIREを志向することが山奥の一軒家級の希少側なのかは分かりませんが、それでも実際多くの凡人、一般人は出来るのであればと思うのではないだろうかと思うのです。
FIREするでもしないでも、そこに自分の生き方であるという価値観が備わっているなら立派な生き方だと思うのです。どの道辛いこともあるでしょうから、どっちが良いとも言い切れません。生き方である、と捉えると、一過性の話題作りや煽りのための罵詈雑言がかわいく思えてくるのかもしれません。
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